ATLAS実験とCMS実験がヒッグス粒子探索に関しての現状を報告

 

2011年12月13日


以下は、CERNのプレスリリース

(http://press.web.cern.ch/press/PressReleases/Releases2011/PR25.11E.html)

の日本語訳です。


2011年12月13日。本日CERN(注1) で行われたセミナーにおいて、ATLAS(注2) とCMS(注3) 実験は標準理論の予言するヒッグス粒子の探索に関しての現状を報告しました。夏の国際会議の後に収集した多くのデータを加えた結果であり、ヒッグス粒子の探 索に関して大きな進展がありました。しかし、ヒッグス粒子の発見や存在の否定などの確実な結論を出すにはまだ十分データ量でないことも確かです 。セミナーからの主要な結論は、標準理論のいうヒッグス粒子が存在するとすれば、その質量は116から130GeVの領域(ATLAS実験)、115から127GeV(CMS実験)にありそうだということです。かなり興味をそそる示唆(ヒント)が両方の実験から出てきて、かつそれは同じ質量領域にありますが、発見というにはまだまだ十分でありません。

 ヒッグス粒子は、もしそれが存在するとすれば、非常に短寿命の粒子であり、いろいろなモードで崩壊します。ヒッグス粒子の発見は、ヒッグス粒子そのものをみるのではなく、それが崩壊して出てきた粒子をもとに行います。ATLASもCMSも何種類かの崩壊過程を探索し、これまでに排除されていな低い質量領域で、バックグラウンドより若干多めの事象(事象超過)を観測しております。

それぞれの結果を別々に見てみれば、どの事象超過もそれほどは際立ってはおらず、さいころを2回投げて、2回とも6が出る確率程度です。興味深いのは、ATLASとCMSの様々な崩壊過程の探索結果で、ヒッグス粒子の質量として124から126GeVの領域を示しているものが複数あることです。ここから両実験がヒッグス粒子を発見したというのは時期尚早です。しかし、この最新結果は、素粒子物理学の研究者にとって大変興味深いものです。

「今回の結果では、ヒッグス粒子が存在するとしたら、その質量は116-130GeVの領域にある可能性が高いことを示しており、さらに範囲を狭めることができた。また、最近は、125GeVの近辺に興味深い事象超過が見えだしてきている。」と、ATLASの代表者のファビオラ・ジャノッティ氏は言う。「この事象超過は単なる統計のいたずらかもしれないし、あるいはもっと興味深いものかもしれない。現時点では結論を出すことはできない。さらに研究を深め、もっと多くのデータが必要になる。今年、LHCが非常に際立った性能を出したことを考えると、この謎を解くのにそれほど長い時間がかかるとは思われず、2012年中に明らかにできるでしょう。」

「115から127GeVの間の質量領域に標準理論のヒッグス粒子が存在することを否定できない。5つの独立な崩壊過程を調べていて、いずれからもこの領域に若干の事象超過が観測されているので。」CMS代表者のグイド・トネリはいう。「これらは、標準理論のヒッグス粒子が124GeV付近かそれより軽いと考えると説明がつく。しかし現在のデータ量では確実なことを言うことはできない。現時点では、単なるデータのふらつきとも考えられるし、ヒッグス粒子によるとも考えられる。LHCという高性能の加速器が2012年に供給するデータと解析の改善によって、最終回答が出せるだろう。」

これからの数か月で両実験はさらに解析を改善し、3月の素粒子物理関連の国際会議に新しい結果を発表するでしょう。しかし、ヒッグス粒子が存在するかしないかの最終結論を出すにはもっとデータが必要なのは確かで、2012年の後半まで待たなくてはいけないでしょう。

 標準理論は素粒子とそこに働く力とを記述する理論です。この理論は我々の宇宙で見えている通常の物質の性質を非常によく説明できています。そうはいっても、標準理論は宇宙の96%の質量をしめると思われる見えないものを説明できていません。LHCでの研究の一つの重要な柱は、標準理論を超えて、この宇宙の謎を理解することであり、その研究においてヒッグス粒子の研究は重要な鍵となります。

 標準理論の予言するヒッグス粒子の発見は、1960年代に形成された理論が正しかったことを示すわけですが、標準理論を超えた理論の中ではヒッグス粒子が違った役割を果たすものもあります。非常にたくさんのヒッグス粒子を生成しその崩壊を精査することで新しい物理が開かれる可能性があります。今の時点で収集したデータでは到達できないですが、標準理論とは異なった性質のヒッグス粒子を発見した場合は、新しい物理を研究する糸口になります。標準理論の予言するヒッグス粒子が存在しないと判明した場合は、2014年以降のLHCの設計値のエネルギーでの実験で、新しい物理が見えてくる可能性が高くなります。今後ATLASとCMSが、ヒッグス粒子の存在に関してどんな結果をだすにせよ、LHCは新しい物理を研究できる加速器であるといえます。


注: 

注1)欧州素粒子原子核研究所(CERN)

ヨーロッパ諸国により設立された素粒子物理学のための国際研究機関。設立は1954年。所在地はスイスジュネーブ郊外。現在の加盟国はヨーロッパの20カ 国(オーストリア、ベルギー、ブルガリア、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシア、ハンガリー、イタリア、オランダ、ノル ウェー、ポーランド、ポルトガル、スロバキア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス)。ルーマニアは現在加盟準備国、イスラエルは加盟準備のための アソシエート国。 日本、米国、ロシア、インド、トルコおよびユネスコと欧州委員会はオブザーバーとして参加している。(訳注 世界の素粒子物理学研究者の半数以上(約10000人)が施設を利用している。)


注2)アトラス(ATLAS)実験

A Troidal LHC Apparatusの略。LHCを用いた二大実験の一つで、世界中の38か国、174の大学・研究機関が参加する国際共同研究で、約1000人の大学院生を含む、約3000人の研究者からなる。(訳注 日本からも東京大学、KEK、名古屋大学、大阪大学、神戸大学を始めとする15の大学・研究機関が参加。ヒッグス粒子や超対称性粒子の探索や研究など、素粒子物理最先端の研究を行うことが可能である。)

 

注3)CMS実験

Compact Muon Solenoidの略。ATLAS実験と同じ研究目的を持つ、LHCを用いた二大実験の一つ。40か国の172の大学・研究所からの、約3000人の研究者、技術者、大学院生が参加している。(訳注 日本の大学・研究所は参加していない。)