文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究:多彩なフレーバーで探る新しいハドロン存在形態の包括的研究

プロジェクト概要

物質の最小構成単位であるクォークは、量子色力学(QCD)に支配され、現在の冷えた宇宙では、単体では存在できず、ハドロンを形成し原子核を構成する。ハドロン形成の過程でクォークが束縛される際には、カラーの閉じ込め、質量の生成、カイラル対称性の自発的な破れという豊かな力学過程を伴うが、その詳細な動的メカニズムは解明されていない。さらに、経験的には構成クォーク模型が成功し、20世紀の加速器実験で発見されたハドロンの殆ど全てがクォークと反クォークのメソン()と、3クォークのバリオン()に分類されているが、他の配位が強く抑制される理由は未だQCDに基づいて理解されていない。つまり、「構成クォークがどのように質量を獲得し、そしてどのようなハドロンを作り得るのか」という疑問が未解決のままである。

こうしたなか、21世紀に入って、上記の疑問に突破口を開く発見が日本の実験研究から次々に得られている。まず、2003年には、Spring-8のLEPS実験から、ストレンジクォークを含むクォーク5つで構成されるエキゾチックバリオンΘ+(ペンタクォーク)の発見が報告された。さらに、KEK BファクトリーのBelle実験においても、チャームクォークの領域で、X(3872)や Z(4430)+と呼ばれるエキゾチックメソン(テトラクォーク)の候補の発見が相次いでいる。さらに、KEK-PSのE325実験(φ実験)では、原子核中でのベクター中間子(ρ, ω, φ)の質量減少を世界に先駆けて観測し、カイラル対称性が有限密度中で部分的に回復にするという初田・国広等による理論の予言が実証されつつある。理論研究においても、クォーク模型によるハドロン分光と相互作用、カイラル対称性に基づいた動力学、格子QCDによる数値実験の研究で世界を牽引する成果をあげてきた。このように、ハドロン物理学の分野でわが国は一歩も二歩も世界をリードしてきたといえる。

本研究領域では、以上の実績をふまえ、これまで各加速器施設を中心に独立に研究を進めてきた、世界をリードする素粒子原子核分野の実験・理論研究者が、「ハドロン」という共通のキーワードを得て結集、その境界領域に新しいハドロン物理学を創成することを目指す。具体的には、エキゾチックハドロンに関しては、高エネルギー実験であるBファクトリー(計画研究A01)でチャームとボトム、SPring-8/J-PARC(計画研究B01)でストレンジを構成クォークとするハドロンを生成することが可能である。また、電子・陽電子衝突を用いる前者ではエキゾチックメソン、核子標的を用いる後者ではエキゾチックバリオンの生成が、それぞれ当初の主たる研究対象になる。こうした両者の連携によって多彩なフレーバーをプローブとするクォーク複合粒子の包括的な研究を進めることができる。さらに、ハドロン物理学のもう一つの重要課題である質量生成機構の解明を目指す計画研究C01を加えて実験研究の3大柱とする。そして、計画研究D01では、将来の高輝度実験に向けて、上記の実験計画研究に共通する検出器開発を進める。さらに、理論計画研究E01では、実験研究結果を統一的な視点で捉えることによって、クォークの閉じ込め、ハドロンの質量獲得、カイラル対称性の破れのメカニズムの解明につなげる。このような研究組織によって、進行中あるいは近い将来の実験研究によって確実に成果を出しながら、将来の実験に発展させることを目指す。

本領域の研究により、ペンタクォークやテトラクォーク状態が確立しその構造が明らかになれば、これまでのクォーク模型に基盤をおいたメソンとバリオンの描像を超える全く新しい物質の存在形態が確立することとなる。そして、本領域の研究を引き金に高輝度Bファクトリー、LEPS2、J-PARCにおける実験研究が発展すれば、クォークの閉じ込めと質量生成機構の解明にむけた研究が飛躍的に進む。このことによって、素粒子と核物理学の間に新たな学問領域が創出できる。

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