名古屋大学N研ATLASグループ

研究課題の紹介 (LHC-ATLAS実験におけるダイレプトン終状態を用いた、トップクォーク対生成断面積測定)

概要

LHC 実験におけるトップクォークの対生成数の測定が研究課題です。この結果より 14 (7) TeV 領域での陽子=陽子衝突におけるトップクォーク対の生成能力、LHC-ATLAS 検出器の観測能力、またその背景事象成分を高精度で評価します。

研究の目的、その先にある興味

トップクォークはこれまでに存在が確認されている素粒子の内でもっとも重い素粒子です。質量の起源である「ヒッグス機構」の理解は、素粒子物理学において最重要課題ですが、結合定数が質量に比例するヒッグス粒子との相互作用を検証する上で、トップクォークは必要不可欠な存在となります。今後10年間でトップクォークとヒッグス粒子(未発見)の相互作用を検証し、その特性がよく理解されることが予想されます。またトップクォークの重さゆえ多くの標準理論を越えた物理が関与する可能性を生成・崩壊中に含み、トップクォークの生成・崩壊の特性を詳細に調べることは、とても重要なプログラムとなります。 それを鑑み、「トップクォーク対生成断面積の評価を通じて LHC-ATLAS 実験におけるトップクォーク生成・観測の特性を理解し、今後10年間の素粒子物理学を切り開く」こと。それこそが本研究の目的です。

戦略と測定手法

 "トップクォーク対生成 (ダイミューオン崩壊チャンネル) のイベントトポロジー。二本の高横運動量ミュー粒子飛跡を検出することで信号を同定する。"

本測定では 14 TeV の衝突中で生成された二つのトップクォークが、ともにレプトンに崩壊するチャンネルに注目して、生成断面積を測定します。ここでレプトンとは、ミュー粒子もしくは、電子をさします。 信号事象は特徴的で、トップクォークの大質量 (170 GeV) に由来する高い横運動量でかつ異符号のレプトン対を信号事象中に含みます。この特徴的な信号を利用し、QCD背景事象 (陽子・陽子衝突における強い相互作用による非弾性散乱をさす) を効率的に排除します。さらに、ニュートリノを含むこと、また高い Q 値での衝突であることを活かし、欠損運動量や、横運動量和を用いた事象選別を行い、同様に二本のレプトンを含む背景事象である Drell Yan 物理過程を排除し、高い純度でトップ対生成事象を含むデータサンプルを収集します また解析ではレプトンを高い効率で測定することがカギとなります。 これまで中心となって行ってきたミュー粒子検出器システムの構築、調整、試運転の研究の成果として、実験初期よりミュー粒子検出器の高いパフォーマンスを実現し、かつその高い精度でその性能の評価を行いました。 自分達で手塩に掛けて「育てた」ミュー粒子検出器を用いて信号事象を精度よく同定し、実験初期にスピーディに測定を完了するのが本研究の戦略です。

2010年4月に LHC実験 が 7 TeV の重心系エネルギーでの衝突をスタートしました。それにともない最新の衝突データを用いての研究を開始しています。(1) 実験データでの実機の評価、(2) シミュレーションデータでの物理過程の運動学的な特徴の正確な理解、これらを有機的に結び付け、(3) 正確なデータの理解を実現すること、この三点が本年度の研究の肝となります。これらを実現することで 2010/2011 年中のデータを用いてトップクォーク生成断面積を高精度で測定します。 2010年4月に LHC実験 が 7 TeV の重心系エネルギーでの衝突をスタートしました。それにともない最新の衝突データを用いての研究を開始しています。(1) 実験データでの実機の評価、(2) シミュレーションデータでの物理過程の運動学的な特徴の正確な理解、これらを有機的に結び付け、(3) 正確なデータの理解を実現すること、この三点が研究の肝となります。これらを実現することで陽子・陽子衝突のデータを用いてトップクォーク生成断面積を高精度で測定します。

測定結果

研究の現状 (2011年8月現在)

2010年の時点ですべての検出器の commissioning 及び、較正を達成し、さらに、 少ない統計ながらも、トップクォーク対生成事象を効率よく見つけ出すことで、生成断面積の初の測定を実現しました。 さらに、2011年6月までに、LHC は積分ルミノシティにして 0.7/fb の陽子・陽子衝突の観測に成功しました。これは、トップクォーク対生成が、10万回起こっていることが期待される衝突回数で、この高い統計のデータを用いた解析を遂行しました。この結果は、2011年の夏季に催された国際会議でも速報として報告をされ、世界最高の精度でのトップクォーク対生成断面積の測定を実現しています。

LHC での物理解析の肝

一回の衝突で 11 個もの陽子陽子衝突が起こることもある !!

LHC は世界最高エネルギーマシンであるとともに、世界最強の高ルミノシティマシンであるといえます。 特に、陽子・陽子衝突は、強い相互作用による反応断面積が大きいため、 一回の陽子・陽子バンチの交差で平均 6 個 (2011年実績) もの陽子・陽子対が衝突します。 LHC の解析では、これまでの実験で類を見ない、 高い反応多重度の環境での解析が求められます (例えば、同じハドロンコライダーである Tevatron の一回の交差に対する平均衝突回数は 2 個以下で、LHC よりもとっても静か)。 右の絵は、Z ボソン生成事象を示すイベントディスプレイですが、 注目してもらいたいのは、同じ陽子交差中で観測された陽子衝突の数です。 Z ボソンが生成された陽子陽子衝突以外にも多くの陽子・陽子衝突が観測されていて、 検出された衝突点は、全部で 11個に上ります。

このような高い反応多重度の環境では、実験装置の応答は大きく異なり、 エネルギー測定の分解能や、効率が大きく変わりえます。 本研究ではこの理解を、LHC の高いルミノシティの運転が始まると同時に開始し、 特に Z ボソン事象における欠損運動量の測定分解能の悪化を明らかにし、 トップクォーク対生成信号事象、またそのほかの背景事象の物理過程に対する影響を 精密に調査しました。 このような非常に高いルミノシティの環境において、 もっとも高い効率で、信号と背景事象を選別する手法を確立し、 それに基づき、2011年の高統計でのデータ解析を実現しています。

測定結果と今後の展望

top quark pair production cross section

本研究では、検出器応答の正確な理解にもとづき、 高い測定精度での7TeV の陽子陽子衝突におけるトップクォークの生成確率の評価を実現しています。 右図は LHC-ATLAS 実験より公表されている、本研究の 2011年7月に発表された、最新の実験結果です。 複数の崩壊モード、また複数の手法でデータ解析の結果がまとめてあります。 また図中の黄色の帯は標準模型の理論計算による予想値を表しており、 今回の測定結果で、実験・理論の誤差の範囲内で一致することが確かめられました. この結果は、7TeV の陽子陽子衝突が現在の標準理論の計算により、 正しく理解されていることを示す結果です。 また本研究により、トップクォーク対生成信号を、陽子陽子衝突中で 最高効率で検出する手法を確立し、その選別効率、背景事象の混入確率の理解が進みました。

次のステップは、本研究で得られた知見を用いて、 トップクォークを物理測定におけるプローブとする物理測定を推進することにつきます。 トップクォークの電子・ミュー粒子の終状態と、重いレプトンであるタウレプトンの終状態の違いは、荷電ヒッグス粒子の中間状態の存在示す証拠になりえます。 トップクォーク対生成事象に随伴する ( Initial State Radiation 等に由来する ) jet 数分布の理解は、 トップクォークとヒッグス粒子が随伴して生成される過程の発見、及びヒッグス粒子の湯川結合乗数の測定への道を開きます。 トップクォークシステムの不変質量の分布の以上は、トップクォーク対の共鳴を表し、標準理論を越えたトップクォーク対生成過程の証拠となります。 などなど。トップクォーク対生成過程をプローブにした物理測定は、 非常にバライエティーに富みます。 本研究により、トップファクトリー実験としての LHC-ATLAS 実験の性能 (生成能力、同定能力、背景事象) が明らかとなり、 トップクォークを用いた精密物理定数測定が可能となります。

発表論文等

国内・国際会議での発表

  • Topical Workshop on Electronics for Particle Physics Naxos, Greece / September 15-19, 2008 (TWEPP08), 『The commissioning status and results of ATLAS Level1 Endcap Muon Trigger System』, Y. Okumura, 19th September 2008, 講演詳細
  • 第65回年次大会「LHC-ATLAS実験におけるトップクォーク対生成断面積測定」, 2010年3月21日, 岡山大学
  • Nagoya University Global COE Program QFPU 2nd international Forum, 「Measurement of the top quark pair production cross section with di-muon events at ATLAS experiment」, 3rd, March, 2011, Nagoya, Japan
  • 第66回年次大会「LHC-ATLAS実験におけるダイミューオン終状態を用いたトップクォーク対生成断面積の測定」, 2011年3月25日, 新潟大学
  • International Workshop on Deep-Inelastic Scattering and Related Subjects (DIS2011), 『Top cross section measurements at ATLAS』, 13, April, 2011, Newport News, U.S.A. 講演資料
  • KEK Theory Meeting on Particle Physics Phenomenology (KEK-PH2012), 「Achievements of LHC-ATLAS in 2011」 (招待講演) , 2012年2月27日-3月1日, KEK

発表論文等 (公開されている研究結果のみ掲載)

  • The commissioning status and results of ATLAS Level1 Endcap Muon Trigger System, CERN-2008-008, Y.Okumura et.al, 2008年9月 TWEPP09 の proceedings
  • Measurement of the top quark-pair production cross section with ATLAS in pp collisions at 7 TeV (2.9 pb-1) published as EPJC 71 (2011) 1577, 2010年 2.9/pb のトップクォーク対生成断面積測定結果の論文 (EPJCに投稿、掲載)
  • Measurement of the top quark pair production cross section with ATLAS in pp collisions at sqrt(s)=7 TeV in dilepton final states, ATLAS-CONF-2011-034, 2010年 35/pb のトップクォーク対生成断面積測定の結果の公開ノート (ダイレプトンチャンネルの解析結果. ATLAS conference note )
  • A combined measurement of the top quark pair production cross-section using dilepton and single-lepton final states, ATLAS-CONF-2011-040, 2010年 35/pb のトップクォーク対生成断面積測定の結果の公開ノート (ダイレプトンチャンネル、シングルレプトンチャンネルの解析結果、ATLAS conference note )
  • Measurement of the top quark pair production cross section in pp collisions at $\sqrt{s}$ = 7 TeV in dilepton final states with ATLAS, arXiv:hep-ex/1108.3699, Phys. Lett. B 707 (2012) 459-477, 2010年 35/pb のトップクォーク対生成断面積測定結果の論文
  • Measurement of the top-quark pair production cross-section in pp collisions at √s = 7 TeV in dilepton final states with ATLAS, ATLAS-CONF-2011-100, 2011年 0.7/fb のトップクォーク対生成断面積測定の結果の公開ノート (ダイレプトンチャンネルの解析結果. ATLAS conference note )
  • Measurement of the top quark pair production cross-section based on a statistical combination of measurements of dilepton and single-lepton final states at √s = 7 TeV with the ATLAS detector, ATLAS-CONF-2011-100, 2010年 0.7/fb のトップクォーク対生成断面積測定の結果の公開ノート (ダイレプトンチャンネル、シングルレプトンチャンネルの解析結果、ATLAS conference note )
  • Top cross section measurements at ATLAS, arXiv:hep-ex/1108.6273, link to CDS, 2011年4月 DIS 2011 の proceedings
  • Measurement of the cross section for top-quark pair production in pp collisions at s√ = 7 TeV with the ATLAS detector using final states with two high-pt leptons, arXiv:1202.4892, J.High Energy Phys. (投稿済み, 査読中)

関連する科学研究研費補助金

その他、CERN での研究で日々思っていること.

LHC 実験では、 2010年 4 月、待ちに待った 7 TeV での衝突が始まり、シミュレーションではない「本物の」データを手に入れ始めています。人類が経験したことのない高エネルギー状態の記録であり、本当に沢山の情報が詰まっています。宝の山のようなデータが、まさに日々たまり続けているのです。3000 人規模で進む巨大実験の中で自分の存在が出せるようにするのは容易ではありませんが、日々努力し、LHC 実験での物理成果に対して大きく貢献し海外の研究者をリードできるように CERN で走りまわっています。 名実ともに世界最先端の物理学実験の現場において、仲間と議論し、協力し、時に競争し、研究を進めるエキサイティングな経験を積んでいます。


Last-modified: 2012-03-21 (水) 12:45:11 (2096d)