トップクォーク崩壊事象におけるW ボゾンの偏極度測定

トップクォーク崩壊時のW ボゾンの偏極度測定からの新物理探索

トップクォークは圧倒的な質量を有する素粒子であるために、 その崩壊過程に新物理の効果が期待できます。 素粒子標準模型の中では、トップクォークは弱い相互作用により W ボゾンbクォークに崩壊します。 さらに、弱い相互作用の性質(V-A 型相互作用)から、終状態の粒子のスピン偏極度も予言されます。 具体的には、W ボゾンの偏極度に注目すると、スピンの向きは運動量方向に対して

  • 左巻き FL(Fraction of Left handed) = 0.3
  • 垂直 F0 = 0.7
  • 右巻き ほぼ FR = 0

の割合と予言されます。

pol.png

この崩壊過程において、標準模型を越える他の相互作用が間に入った場合には この割合に予言値からのずれが現れます。 この偏極度の測定を通し、新物理の探索を行うのが目的です。

W ボゾンの偏極度は、 荷電レプトン(電子、あるいはミュー粒子)の放出角度分布に現れます。 W ボゾン静止系において図のように角度θ を定義することにします。

def_theta.png

そうするとCos Theta 分布は、単にスピンの力学の問題で、このようになります。

costheta_distribution.png

グラフの黒線が素粒子標準模型の予言値に相当しており、 本測定ではこれからのずれが無いかを検証します。

ttbar-> bb lnu lnu での偏極度測定

本測定では トップクォークが対となって生成され、さらに終状態に2つの 荷電レプトンを含む事象に注目します。

  • トップクォーク → ボトムクォークと W+ ボゾン、さらに W+ ボゾン→陽電子/ミュー粒子(+) とニュートリノ
  • 反トップクォーク → 反ボトムクォークと W- ボゾン、さらに W- ボゾン→電子/ミュー粒子(-) と反ニュートリノ

荷電レプトンの組み合わせから ee, μμ, eμの 3 パターンに分類して解析しています。

事象選別

まず実験データから、このような事象を選別します。

本事象の特徴は

  • (1)二本の高い運動量を持った荷電レプトン
  • (2)二本以上の ジェット事象
  • (3)ニュートリノによる高い欠損運動量
ttbar_event.png

まず、荷電レプトンは、大きな質量トップクォークが崩壊して出来た高い運動量を持った W ボゾンから放出されるので、 やはり高い運動量を持つことが期待されるので、(1)を要求します。

また、本事象にはボトムクォークが二本あります。クォークは検出器に届くずっと前に、強い相互作用の結果、複数のハドロンに変化します。さらにトップクォーク由来のボトムクォークは、非常に高いエネルギーを持っているので、とある一方向に固まってシャワーのように粒子が降り注いでいるのが見えます。高エネルギー実験ではこのような粒子の流れをまとめて「ジェット」として数えています。 いま、ボトムクォークが2つあるので、少なくとも2つ、ジェットが見える事が期待され、(2)を要求します。

最後に、ニュートリノが二本いることを利用します。ニュートリノは検出器では直接的には捉えられません。 高エネルギーの世界においてもエネルギー・運動量保存則は成り立っていると考えています。 ビーム軸方向に垂直な面で考えれば、衝突事象で捉えられた粒子の運動量総和は 0 になるはずです。 そこで残ってきている足りない運動量(エネルギーで測るので、欠損エネルギー, Missing Energy といいます。)をニュートリノが持ち去った運動量として考えます。 逆に欠損エネルギーがある事が、ニュートリノが作られた証拠として考え、(3)を要求します。

事象再構成

本測定の難しさは、トップクォークの崩壊事象を完全に把握するところにあります。 つまり、以上のようにして選んできたイベントを眺めて、

  • どのジェットがボトムクォーク/反ボトムクォーク由来の物か
  • 2つのニュートリノの運動量はそれぞれいくつだったのか を考えます。

まずボトムクォーク由来のジェットは、トップクォークから放出されたために方運動量を持っていると期待できます。なので、3本以上のジェットがある場合には、高エネルギー(正確には横運動量)の順番に2つを選びます。

二本のニュートリノの運動量は、{Px,Py,Pz} x 2 で、合計 6 つの未知数があることになります。 そこで、トップクォークとWボゾンの質量を仮定してのエネルギー保存則(それぞれ2式)、ビーム軸に垂直な面での運動量保存則( 二次元面内なので 2 式)の合計 6 つの連立方程式から求めてやります。

最終的なW ボゾンの偏極度測定

事象を再構成したら、 あとは上のように定義した角度θをイベントごとに測定し集計してやります。

ただし、実験で得られる角度θ分布は 事象選別や再構成の「くせ」のために、理想的な曲線からは歪んでしまいます。 そこでモンテカルロシミュレーションで、 W ボゾンの偏極度が左巻き、右巻き、垂直のそれぞれの場合の分布を作ってやり、 それらを組み合わせて実験値を再現するような混合比をみつけてやります。

0.7/fb での測定結果

今回は 測定精度の観点から、 FR は 0 だと仮定して測定を行いました。 それぞれのチャンネルで測定した F0 は以下の通りです。(FL は 1=FL+f0+FR から決まります。)

  • ee : F0 = 0.66±0.26(stat.+syst.),
  • μμ : F0 = 0.74±0.19(stat.+syst.).
  • eμ : F0 = 0.72±0.16(stat.+syst.),

それぞれのチャンネルにおいて、素粒子標準模型の予言値 F0 = 0.7 と無矛盾な結果です。

また、別の測定手法として トップクォーク対からの W ボゾンのうち、 一方はハドロンに崩壊するイベントにて同様の測定も行っており、 そちらでは

  • F0 = 0.57 ± 0.07 (stat.) ± 0.09 (syst.) ,
  • FL = 0.35 ± 0.04 (stat.) ± 0.04 (syst.) ,
  • FR = 0.09 ± 0.04 (stat.) ± 0.08 (syst.) .

という結果を得ています さらにこれを理論のパラメータに焼き直してみた物が下の図です。 横軸と縦軸には、素粒子標準模型にはない相互作用の強さをとっており、 標準模型では (0,0) にくる量です。

limit.png

緑の領域が 68% の確率であり得る領域を示しており、(0,0)も含んでいます。 つまり、素粒子標準模型は実験データと無矛盾である、という結果となりました。

参考資料(英語)

ATLAS note ”Measurement of the W boson polarisation in top quark decays in 0.70 fb-1 of pp collisions at √s = 7 TeV with the ATLAS detector”

(Main document のリンク先が、研究ノートです)

Lepton Photon. Top Quark Properties


Last-modified: 2011-08-28 (日) 21:54:00 (2297d)