CERN夏の学校 2011


CERN夏の学校(CERN Summer Student Programme)は、世界中から主に素粒子物理学を学ぶ学部4年生や大学院生約250名がCERN(欧州合同原子核研究機関)に集まり、指導教官の下で8週間〜13週間研究活動に従事するというものです。研究の他、講義や施設見学など、様々なイベントが企画され、当然それらはすべて英語で行われます。より詳しいことについては、下記のリンク先を参照してください。日本からは2004年から毎年5名(2006年までは3名)がこのプログラムに参加しています。

Summer Student Information Page (CERN)

CERN Summer Student Programme 2011 Japanese Page (KEK)

2011年度は7月5日〜9月9日までの約10週間、N研から修士1年の廣瀬茂輝、山内克弥がCERN Summer Student Programme 2011に参加しました。ここでは、2人にプログラムに参加した感想を聞いてみたいと思います。

1. CERNの雰囲気はどんな感じでしたか?また、生活の様子はどうでしたか?

最新鋭のきれいな設備が建ち並んでいるというのがCERNに行く前の僕の想像だったので、意外と古い建物や工場のような建物が多いな、というのが第一印象でした。建物の中も、廊下の天井に各種パイプが剥き出しになっていたり、かなり無機質というか、デザインに頓着のない作りのものが多かったように思います(もちろん、メインビルディングなど新しい建物は凝ったデザインになっていましたが)。それは裏を返せばCERNの歴史を物語るものでもあると思いました。また、CERNの中には一般の人も入れる"microcosm"という展示室があります。研究施設併設の展示室というとそこで行われている研究をパネルなどを使って簡単に紹介したり、縁のある展示物を置いたりしているだけというイメージでしたが、ここではラザフォードの実験など100年以上も前に行われた実験からCERNの生い立ち、現在行われている研究に関するものまで幅広くカバーし、しかも実際に天然鉱石の放射能を計測してみるなど体験型の展示が多くありました。入館者は観光客や高校生など一般の人も多く、いつ行ってもある程度の入館者がいてちょっとした科学館のような印象でした。このように広報など「知識の還元」にも非常に力を入れている姿勢が所々で見られ、素晴らしいと思いました。
こちらの人やモノは、日本と比べると良くいえばおおらか、悪くいえば大雑把な点が多くありました。例えばホステルの部屋にはエアコンどころか換気扇すらついておらず、窓には網戸もないため暑い夜に窓を空けているとどんどん虫が入り込んできました。レストランでレジの列に並んでいると、人が待っているのに店員のおばちゃんが構わず他の人と話し込んで待たされることもよくありました。日本では中々考えられないことですが、スイスのおおらかな雰囲気の中で生活していると、そういったこともどこか楽しく感じてしまうので不思議でした。(廣瀬)

過去の実験装置などが様々なところに設置されていたり、過去の実験の写真などが廊下にさりげなく貼られていたり、歴史を感じた。食堂などにもビームモニターが設置されていたり、常に先端の実験施設だということを実感した。また、道の名前に著名な学者の名前がつけられていることなどに遊び心も感じた。各国からの研究者だけではなく一般の観光客が多いという印象を受けた。年配の方から若者まで様々な層の人が訪問していたことに驚いた。
施設内で研究者は英語を話しているのですが、売店やレストランではほとんどフランス語です。買い方、値段が分からず苦労しました。また、夏という時期であったため、日が非常に長く驚きました。朝7時頃に明るくなり始め、9時頃まで太陽が出ています。研究は毎日6時頃に終わったのですが、それでも明るいため、外でサッカーなどをする人もいました。(山内)

2. CERNではどんな研究をしましたか?

CERNといえばLHCという周長27kmにも及ぶ化け物のような加速器を使った実験(ATLASやCMSなど)が有名ですが、僕はISOLDE(Isotope Separator On-Line DEtector)の固体物理グループで研究をしている指導教官の下で、固体中(主に半導体)での原子の拡散について調べる装置をビームラインに取り付け、各部品の動作確認を行った後、使用方法を記述したマニュアルを作成しました。また、これとは別にフォトルミネッセンス分光実験も行いました。いずれも半導体の性質を調べる実験で、特にフォトルミネッセンス分光ではZnOやGaNのような青色発光デバイスに使用される半導体のエネルギー準位を調べました。この研究は、最終的には青色発光デバイスをより安価・安定に生産する技術に生かされる可能性のある研究です。(廣瀬)

CMS実験における磁気単極子(magnetic monopole)探索グループに所属し、主にシミュレーションの解析を行った。今まで発見されている素粒子とは異なる性質が多く、興味深い研究でした。まず、磁気単極子は磁荷を持ち、超寿命かつ、非常に重い粒子である。そのため、独自の観点からの解析が必要となります。(山内)

3. 普段の研究(N研での研究)と比べてどんな点が違いましたか?

普段の研究は高エネルギー素粒子実験(Belle II実験)で使用される新しいタイプの粒子検出・識別装置の研究開発ですが、CERNでは素粒子物理学から一度離れ、物性物理分野の研究を行いました。従って研究内容は全く違いました。僕はこのプログラム中、普段の研究とは違うことがしたいと思っており、生活の中でも使われているものが研究対象でしたので、とても楽しい研究でした。(廣瀬)

普段は、N研においては、物理解析というよりも検出器開発がメインであり、この点が異なりました。シュミレーションによるイベント生成や、自分で生成したイベントを実際に見るというのは新しい良い経験になりました。また、少しだけLHCからのデータを触ることが出来ました。実際に採っているデータを自分で見るのは初めてで興奮しました。(山内)

4. 英語での研究をすることについて、困ったことはありませんでしたか?

どうしても指導教官の言うことが理解できなくて困った、ということはありませんでしたが、やはり英語を聞き取れずに何度も聞き返したり、言われたことを勘違いしたまま理解してしまったりということは何度もありました。幸い指導教官はとても優しい方でしたのでそういうときでも笑って対応してくださいましたが、英語で研究したり議論することの難しさを思い知りました。
先にも述べたようにCERNでは素粒子物理とは全く違う分野の研究をしてきました。わからないことが多い上に慣れない英語でしたので、一方的に話を聞くだけで理解した気にならないように自分からも積極的に質問したり議論をもちかけたりして、理解を深めることを特に気を付けていました。(廣瀬)

指導教官からの要求を答えたつもりが、内容を勘違いして全く別のことをしてしまったり、細かな意思疎通の難しさを感じた。お互いの意見を理解するためにはより徹底した議論が必要だと感じた。(山内)

5. 講義やvisitなど、研究以外のプログラムの感想を教えてください。

VisitではLinac・LEIR(鉛原子核のための加速器)・計算機室のツアーとCMSの見学に参加しました。特にLinacの見学ではLHCで使う陽子をつくり出す部分の見学もでき、ここから陽子が7TeVまで加速されていくのかと感動しました。陽子を取り出す源はもっと複雑なものかと思っていましたが、見た目にはなんの変哲もない水素のガスボンベで(といっても、実物は全体が容器内に収められているため、見たのは実物を模した模型でしたが)それにも驚きました。CMSの方は検出器自体を見ることはできませんでしたが、見学の中で施設の巨大さは十分に感じとることができ、しかしそれでも今回見たのはLHCのほんの一部分ということでその途方もない巨大さを実感しました。また、Belleのライバル実験であるLHCbで使用する、N研で研究開発中のTOPカウンターと同様の仕組みを持つリングイメージ型チェレンコフ検出器を製作している研究者のワークショップにも参加し、ここでは今後の実験において非常に役に立つ知識を得ることができました。(廣瀬)

講義は基礎的な話から最先端の実験の話などがあった。あまり普段聞けない加速器などの話もあり、興味深かった。また、講義の後に質問の時間も設けられており、そこでの自由なやりとりが面白かった。visitでは地下から地上を眺めたり、コントロールルームでは実際のセキュリティモニタ上でのリアルタイムでのアクシデント等、その場でしか見れないものを見れたのが良かった。visitや講義どちらにおいても感じたのはKEK、BelleやT2Kなど、日本における素粒子物理実験に関係のある言葉を予想以上に聞いた。素粒子物理における日本の注目度を実感した。(山内)

6. 海外の学生や研究者と接する中で、思ったことや感じたことはありますか?

日本で研究者というと、朝は少し遅めに研究室に来て夜遅くまで、時には徹夜で仕事をするというイメージですが(僕の勝手なイメージかもしれませんが)、彼らは朝は8時すぎには出勤し、夜6時か7時には帰宅するという一般的な会社員と同じようなサイクルで研究を行っていました(もちろん、ビームタイムや実験のシフトの間は深夜まで残っているようでしたが)。規則正しい生活をしながら研究をするという姿勢は見習うべき点だなぁと思いました。
もう1点特に感じたのは、他の学生の言語力のことでした。このプログラムには、欧米はもちろんアジアやアフリカ地域など様々な国から参加者があり、英語を母国語とする学生の方が少数派でした。しかし、ヨーロッパ出身の学生はもちろん、中国やインド、西アジアと言った英語とは全く違う母国語を持つ学生も他の学生と全く不自由なく英語で話しており、驚かされました。

海外の学生と過ごして感じたのは、母国語や英語以外の言語に関してもある程度知識がある学生が多いと感じました。最初学生同士で集まると国柄についての話や文法に関する話題がよく出ていたように思います。予想以上に日本語を知っている学生が多くて驚きました。突然「こんにちは」といわれることも頻繁にありました。(山内)

7. 週末など、空き時間には何をして過ごしましたか?

週末は基本的にフリーなので(そもそも指導教官はじめ研究者がほとんどCERNに来ません)、友人たちとジュネーブの街に行ったり、旅行をしたりしました。ジュネーブまではトラムで乗り換えなしで約20分で行けるので、かなり頻繁に行きました。またスイスは鉄道網が非常に発達しており、ドイツ・フランス・イタリア・オーストリアに面する内陸国ですので、旅行にも気軽に行くことができました。僕は国内ではベルンやローザンヌ、国外ではパリやローマに旅行に行きました。こちらもツアーでは見られないような街の姿も見ることができ、貴重な経験となりました。(廣瀬)

サマースチューデント主催のパーティーや、週末は観光などをしました。また、今回は日本人が主催してお好み焼きパーティーなども行いました。台所でいると各国の学生が来るため、色々な料理を楽しむことができました。突発的なイベントなど開催され、それらに参加することで友達の輪も広がり有意義な時間でした。(山内)

8. このプログラムに参加して、一番学んだことはなんですか?

このプログラムで学んだことは様々ありましたが、一番強く思ったことは、英語の重要性です。「別に僕らの本業は英語を勉強することではないし、拙いながらコミュニケーションさえとれれば・・・」と思っていましたが、いざ外国人に囲まれて研究をしてみると、コミュニケーションこそ十分に取ることができましたが、いざ議論をするとなるとかなり大変でした。日本語で議論するのと同じようには思ったことが言えないですし、相手の意見を理解するのに何度か聞き直す必要があったりして、気をつけないとその気がなくても受け身になっていたり、十分に理解したつもりが不十分で後日聞き直したりしていました。やはり"対等な物理の議論"をするには、英会話のスキルは重要だな、と感じました。もちろん、先に述べたように英語を話せる人は非常に多いですから、研究に限らず英語を話すことができれば様々な国の人と話すことができ、それは素晴らしいことだと思いました。(廣瀬)

自分で積極的に行動しなければ、先に進めないということである。指導教官は課題は与えてくれるが、自分から進んで話しかけない限り最低限の情報しか与えてくれなかった。また、自分から話しかけない場合は何も話さないような日もあった。指導教官も忙しい人であったので、後で話しかけようとしても、すぐにいなくなる。時間を見つけたら、すぐ議論、相談をすることが必要だと実感した。また、指導教官がいない日は、研究室には他にも人はいたから、その人たちとも相談できるということだ。(山内)

なお、このプログラムにはこれまでにも3人がN研から参加しています。そのうち2006年度に参加した奥村・高橋の報告書はこちらから読むことができます。
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Nagoya University High Energy Physics Laboratory - N-ken