文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究:多彩なフレーバーで探る新しいハドロン存在形態の包括的研究

J-PARC E16

計画研究 C01:カイラル対称性の破れによる質量生成機構の実験的解明

南部理論にもとづくと、カイラル対称性が自発的に破れて生成される 「真空へのクォーク凝縮」がハドロン質量の起源であるが、高温あるいは高密度環境においては、これが減少(すなわちカイラル対称性が回復) するために、ハドロン質量も減少すると考えられる。
温度や密度を変更して、ハドロン、そしてクォークの物性変化を調べるというのが本研究の基本的着想であり、「天然の高密度環境」である原子核を実験室にするのが特徴である。
すでにわれわれは KEK-PS E325実験において原子核中における ρ, ω, φ 中間子の質量減少を観測した。とくに、φ中間子の質量減少を世界で初めて検出した(PRL 98 (2007) 042501)。
図1に示したのは Cu 標的からの遅いφ 中間子を選んだ場合の e+e- 不変質量分布 であるが、energy lossなどを考慮したBreit-Wigner形では再現できないexcessがピークの左側に観測された。この成分は原子核中で軽くなったφ中間子の崩壊によると考えた場合、通常原子核密度でφ中間子の質量が3.4%減少したとすれば説明できる。
この結果は「自発的に破れたカイラル対称性が有限密度環境で部分的に回復している」というシナリオにもとづく理論的計算(PRC 46 (1992) R34)と無矛盾である。

この計画研究では、J-PARCに大立体角の電子対測定用スペクトロメータ(図2)を建設し、この質量変化現象(質量の減少および崩壊幅の増大)の系統的測定を行う。
前実験で達成した世界一の性能をも凌駕する質量分解能と前実験の100倍の高統計を達成することで、 以下の測定が可能になる。
φ中間子質量分布のダブルピーク構造(図3)の測定により、質量分布の変化が 核内質量変化によることを確定し、また核内における崩壊幅の導出を行う。さらに、質量の運動量依存性(分散関係)の測定により、この質量変化がカイラル対称性回復によるものであることの確証を得る。
このスペクトロメータを構成する検出器の開発と建設をおこない、2012-13年にはJ-PARCで中間子質量の測定実験をおこなう(E16実験)。

質量起源の動力学はフレーバーにも依存し、その理解は、この領域のもうひとつの柱であるテトラ/ペンタクォークといった新しいハドロンの生成機構の解明にも不可欠である。

【図1】

KEK-PS E325 実験で観測された、Cu 標的で生成されたφ中間子の e+e- 不変質量分布(PRL 98 (2007) 042501)。赤点が測定されたデータ。青線が真空中で期待されるφ の質量分布の形。ピーク左側の黒ハッチ部分が原子核中で軽くなったφと考えられる部分。

【図2】

本研究で建設するスペクトロメータの模式図。(J-PARC E16 experiment proposal)

【図3】

本研究で観測が期待されるφの 質量分布。前実験E325で質量変化が観測された運動量領域よりさらに遅い中間子/大きい原子核標的を選ぶことによって、核内崩壊する中間子の数が増加し、真空中での崩壊によるピークに加え、その左側に核内崩壊した中間子によってもうひとつのピークが形成されるような、ダブルピーク構造の観測が期待される。

研究の進捗状況と成果

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